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2011年4月 2日 (土)

戦後

どうしようか迷ったけど、迷ったら実行してみるほうが良い。

というわけで、陸前高田→大船渡に行ってみた。
 
 
その前に。
道中、トラックの荷台に青いカゴが。なんか白いのが入ってるな。
あぁ、ニワトリ。動いているから卵を生ませる鳥さんかな?
地震で移動させたの?

と、おもって後を走っていたら。。。

○×フーズ

…加工用に運んでいたのね。
 
 
わき道をチラ見しながら車を走らせた。もうすぐ陸前高田。覚悟しなくては。
 
 

 
 
なんか、材木みたいなものが、、、河川沿いに。

ここからが始まり。

丘を越えて見えた風景は、一面野原。なにもない風景。
いや、瓦礫はたくさんあった。

すぐに道の駅についた。

テレビで知ってはいたが、こうなったのか。
 
 
 
道の駅陸前高田は、トイレやみやげ物コーナーのある大きな建物の横に、水産物や食事が出来る建物がある。

行くと大きな建物はあるが、脇にあった食事をしたことがある建物が、ない。
骨組みはあるけど、壁はまったくない。
良く見たら、その鉄骨は建物のではないよう。建物ごと消滅したみたい。
 
 
 
そして、高田松原海岸。橋を過ぎ、左にちょっと回れば堤防の扉があるところに着くはず。
 
が、橋の先は 海。道路が無い。

そして、あの堤防や松林を想像しながら見渡すと、堤防の扉?らしきものがあり、コンクリートで出来た堤防が丸ごと無い。
松林は水没し、その存在すら分からない常態。
 
 
まさに壊滅。
 
 
あの美しい海岸や松林、そして堤防の姿はまったく無い。
 
 
 
 
道の駅を後にして大船渡に向かおうかと、通りに出て。

道を中心に左右にたくさんの店があったはずが、津波にさらわれその跡は地面の基礎部分でかろうじて分かる程度。
海側の商店があったところは水没し、あの広かった道路のすぐ脇まで海が来ている。

風が強く砂埃舞う。
 
 
 
大船渡についた。
ここは少し高台にあるので、一見被害が少ないのかなぁって思った。
ガソリンスタンドやっているし。

道が混んでいたので、途中で引き返そうかと 右に回ったら、引き返すところがなく、しょうがなく半島沿いに進んだ。

小さな町は海のすぐそばで、ここも津波の被害に。
 
 
すごい光景が目に入った。
 

大きな地図で見る
 
道路に接した1mくらいの低い堤防。その上に大型の船が2艘乗っかっていて、今にも民家に突っ込みそうな状態。
車はその下を通るような感じで。



その周りの家の壁、なんか黒くない?
どうやら重油がもれたよう。

川?なのか、海なのか、家がポツリと水の中に。
 
 
半島沿いに進みすぎて遠回りになりそうなので、そこで折り返して帰路に。
 
 
 
もう一度陸前高田を通ったが、町そのものが無くなったんだなと認識。
11月に朝陽を撮りに行ったときに商店街や市役所の位置などを見てきたから良く分かる、町の中心地がもう無いと。
 
 
緑色の大型なタンクがいくつも見られた。何これ?
どうやら造り酒屋のタンクらしい。窓を開けたら日本酒の香りがした。

来た道を帰ったので、川がまた目に入った。

先ほどの緑のタンク、そうとう先まで流されたよう。ここまで津波が来たのか。
 
 
少し話しは戻るけど、陸前高田は海岸から少し戻ると小高い丘があり、そこの家は津波の被害を逃れた。

良かった。

と、思って道を進むと考えられない被害のところが。川をつたって津波が来たのか、その丘を越えた町をまるまる飲み込んだ津波。家々がなく、瓦礫野原と。
 
 
被災した方にお見舞いを。そして今生きていることに感謝。

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